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お客様の創立記念パーティー

先日、お客様の創業20周年の記念パーティーに出席して、思い切り感動してきました!

創立記念パーティーというと、その会社の歩んだ軌跡、そしてこれからの展望について語られ、そして顧客への感謝の気持ちが
述べられる場になるんだろうということは、ある程度予想はつくものです。

でも、想いが大きく本物だと、お決まりのパターンでも、全然違うものになります。

その記念パーティーは、お客様の会社の持つ想い、ビジョン、そして感謝の気持ちがストレートに伝わってきて、
とてもとても感動的な場となっていました。

社長さんとその奥様の二人三脚から始まった小さな会社が、20歳を迎え、今ではたくさんのスタッフと共に
想いをひとつにして、心のこもったサービスを提供しつづけていらっしゃいます。
顧客に感動を与える独自のサービスを、笑ったり泣いたりの日々の中で築き上げてこられ、これからの次のステップにも
温かな想いと共に決意を新たにされていました。

そのパーティー自体も、列席者全員に温かなサービスを提供し、感動を与える場でした。

お土産も心のこもった品々ばかり。
手書きで「ありがとう」と記された紙に包まれた、ロゴ入りのどら焼、とろけるような美味しさでした。

「顧客に感動を与える」

とても素敵で大切なことだと、改めて感じた晩でした。

考学舎スタッフブログ

執筆者: 青崎 史代
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職場の席替え

昨日、職場の席替えをしました。
定期的に席替えを、というのが社長の考えなのですが、なんだかんだ今回は2年近く席替えしないままになっていました。

そろそろ、という声に賛否両論あったのですが、結局は社長の「やります。」で席替えを実施。
職場の席替えというと、仕事の効率アップなども目的になるでしょうが、今回は、職場の雰囲気を変えることが目標とのこと。
雰囲気を変える=職場をもっと元気に!ということなのでしょう。

7名という少ない人数で、決して広いとはいえない空間で定位置にいてデスクワーク中心の仕事をしています。
同じ顔ぶれ、同じ場所、確かに昨日も今日も違いが分からないような感覚に陥るほどです。
配置が変われば、雰囲気も自ずと変わるでしょうか。
他の会社さんでは、席替えってどのタイミングで、どんな風に実施されてるものなんでしょう、ちょっと興味を持ちました。

さて、配置の決め方は、考学舎伝統の、あみだくじ。
この瞬間は、童心にかえって皆ワクワクするものです。

結果は、少ない人数にしては見事にシャッフルされて、席替えが完了しました。
社長の席は変わらないので、残る6名が、昨日の午後からそれぞれ新しい席で仕事に取り組んでいます。

席替えをすると、確かに、景色は変わるので、外から見た雰囲気は変わります。
さて、内からの雰囲気はこれから変わっていくのでしょうか!

執筆者: 青崎 史代
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ゴールデンウィークに思うこと

考学舎の事業年度は、5月1日が開始日となっています。
つまり、ゴールデンウィークをはさんで年度が切り替わることになります。
「1年間の良かった事も悪かった事もこの休みの間に一旦リセットし、休み明けから心機一転頑張っていこう」という意味でも、ゴールデンウィークがちょうど良い区切りになっています。

ゴールデンウィークには、4つの祝日が含まれています。
先日娘が小学校で、その中のひとつ、5月3日の憲法記念日の意味を教わってきました。
(憲法記念日 = 「日本の国のみんなが守るきまりが使われはじめた日」)
合わせて、11月3日の文化の日が「そのきまりが発表された日」だということも教わってきたようです。

その話の流れで娘から出された「5月4日は何の日でしょう?」という問いに、自分は反射的に「国民の休日!」と答えてしまい不正解(正解はもちろん「みどりの日」)。
みどりの日がつい最近(といってももう5年も前のことですが)4月29日から移ってきたことを説明し、何とか面目を保つことができましたが。

思い返せば自分が幼い頃、祝日には祖父が必ず日の丸を掲げていました。
そしてそれを見て「今日は何の日?」と聞き、その日の意味を教えてもらっていました。
そこで普段の休日とは違う、特別な意味を持った休みであるということを、子供ながらに実感したものでした。

今、祝日に日の丸を掲げる民家を見かけることはほとんどなくなりました。
(これについてはややこしい問題も絡んできますので、ここでは深くは触れません)
祝日に限らず、日本古来の節目節目のイベントが、形骸化・縮小・消滅していく傾向にあります。

例えば元日。
自分が子供の頃はどの店もシャッターを下ろし、えもいわれぬ独特の空気が町中に漂っていました。
それが今ではほとんどの店舗が通常通り営業していて、普段の土日となんら変わらない空気になってしまいました。
それを寂しく思うこともあるけれど、これも時代の流れだから仕方ないことだとも思っていました。

そこに突如起こった3月11日の大震災。
諸外国から日本人の冷静な行動が賞賛されたり、様々な形で援助をいただいたり、はたまた国の対応が非難されたりする中で、図らずも自分が日本人であることを強く意識する機会が増えました。
日本再生の様子を世界中が注目している中で、日本を形成していた様々な要素に今一度目を向ける良い機会でもあると思います。

そして、そんな状況下での先の娘との会話。
カレンダーを眺めて、やれ今年のゴールデンウィークは日の並びが悪いだの何だのと言うだけではなく、それぞれの休みが何を祝うために設けられたのか、その由来に思いをめぐらせることも大切だと感じました。

執筆者: 古木 洋成
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言葉によらないコミュニケーション

コミュニケーションの大切さ、人とのつながり、の大切さを今までになく感じる今日この頃です。
大変な時を乗り越える大きな力のひとつとなると、信じています。

今日は、コミュニケーションのお話をさせて頂きます。

コミュニケーションというと、言葉によるもの、というイメージがありますが
実は言葉によらないものの比重はかなり高いものです。

言葉によるコミュニケーションを、バーバル(言語的)コミュニケーション、
言葉によらないものをノンバーバル(非言語的)コミュニケーション、というそうです。

バーバルコミュニケーションは、普通に我々が連想するコミュニケーション、主に会話のことです。
一方で、ノンバーバルコミュニケーションは、表情、ジェスチャー、雰囲気、姿勢や印象など
言葉以外で、コミュニケーションする相手に与えるインパクトや印象を指します。

ノンバーバルコミュニケーションについては、アメリカの心理学者の実験結果で有名なものがあって、
それによると、人が他人から受け取る情報(感情や態度)の割合は

◆顔の表情・・・55%
◆声の質、大きさ、テンポ・・・38%
◆話す内容・・・7%

なんだそうです。
話す内容は10%にも満たないのです。

にわかに信じがたいですけれど、
例えば、
笑顔で「こんにちは」という時と、怒った顔で「こんにちは」というのとでは全く受ける印象が
変わる、むしろ情報自体が変わってしまうだろうことを想像すると、なんとなく頷ける数字ではあります。

さて、前置きが長くなりましたが、私は先日、このノンバーバルコミュニケーション、ほぼこれのみで
9日間、他者とのコミュニケーションをはかりながら生活する、という経験をしてきました。そしてそれは
とっても素晴らしい気づきと学びの経験になりました。

いずれまた詳しく報告する機会と場所があることを期待しているのですが、先月、3月末から4月のあたままで
9日間、ベルギーへ行って来ました。9歳になったばかりの息子と二人で、初めてのベルギーです。
訪れたのは、ベルギーでもフランス語圏のワロン地域のリエージュという街。

そこで、ベルギー大使館に勤める在日ベルギー人の友人の実家に泊めていただき
ジャックとリエットというとても素敵なご夫妻に、本当に心づくしの最高のおもてなしをして貰いました。

そして、話の流れからお察しの通り、彼等とのコミュニケーションは、彼等がフランス語のみ、こちらは日本語と英語のみ。
全く言葉は通じない状況でした。

おはよう
これはなに?
どこへ行くの?
お腹空いている?

こんな簡単なコミュニケーションも言葉では出来なかったのです…。

初めて会ったその瞬間から、四苦八苦のコミュニケーションが、涙涙でお別れする瞬間まで続いたのでした。

でも、不思議なのは、ジャックとリエットの素晴らしい人柄のおかげが一番の理由だと思うのですが、
意思が伝わらないもどかしさは感じても、イライラはしなかったこと、伝えようとすることを諦めることもなかったこと。

そこにはいつも
笑顔と、
相手と向き合おうという姿勢、
そして相手への想い、
がありました。

お互いが積極的に関わり合おう、という時、一番大事なものは言葉ではなく、相手のことを理解したい、そして自分の思いを伝えたい、という思いなのかもしれません。

フランス語が全く分からない息子は、帰国の前の晩から、「ジャックとリエットと別れたくない」と言って泣きました。
帰国してからも「二人が恋しい」と言っては寂しがって泣いていました。

9日間のうちに、簡単なあいさつややりとりは多少覚えたものの、会話が成り立つということはほとんどありませんでした。
でも私の中には、彼等がこんなメッセージをくれたな、という具体的なイメージがたくさんたくさん、記憶に残っています。
彼等と意思の疎通がはかれた、という感覚が確かにあります。

それこそ、彼等とのノンバーバルコミュニケーションが確かに成立していた、ということだと思います。

とてもとても素敵な経験ができました。

これからは、バーバルコミュニケーションが成立する相手とのコミュニケーションも、ノンバーバルな面を意識してコミュニケーションを図ろうと思っています。
そして、無意識にその習慣が身に付いていったら素敵だなと感じています。

執筆者: 青崎 史代
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震災後…

東日本大震災の発生から、ちょうど一ケ月が経過しました。
被災された方々には、一日でも早く安らかな日常が戻ってくることを願わずにはいられません。
被災地については、スピードも大事ですが、安全に…確実に…復興していって欲しいと切に望みます。

個人的には今回ほど強く、こんなにも「日本」が好きなんだ・・と認識したことはありませんでした。
まだまだ大きな余震も続き、それに伴う各地の原子力発電所も予断を辞さない不安定な状況の中
今後 『心の復興』 も重要となってくるでしょう。
リスク・マネジメント や メンタル・ヘルス・マネジメント の意識・能力の向上を目指していき
結果的に多くの方のお役に立てればと思っています。

さて早速。 そのリスク・マネジメントの一環として・・・・・
「そろそろ引退させて欲しい・・ボロボロです」 というメッセージを幾度となく受け取っていながら
「まだもう少し大丈夫よ!」 と激励しながら使用していた4年目になる携帯電話に
この春、ようやく 「ありがとう」 と別れを告げる決心を固めました。

もともと 
   i-phoneの大躍進以降、社会的 (= 仕事的) に無視できない存在になってきている
という昨今の流れで、非常に高い関心は持っていたものの 

  • 経済的な問題 (本体価格も高い上、毎月の維持費も嵩む)
  • 技量の問題  (手に入れたところで使いこなせる自信がない)
  • 必要性の問題 (プライベートでは電話とメールだけできれば満足)

以上、3つの理由から二の足を踏んでいました。

でも、この大震災という決定的な出来事で躊躇いは無くなりました。

使いたい時に使えなければ、単なる電子部品の塊デス!
「お金は天下のまわりもの」 財布は寂しくなるけれど、経済効果に貢献すると思えばヨシ!
使いこなせないかも?・・・そんなもんでしょう!たぶん、「習うより慣れろ」で解決。
携帯電話と一緒で、持ち始めれば自然と必要性が高まるに違いない!

しかし・・よりによって、間違いなく社内で一番機械と相性が合わない(機械音痴)であろう
私が、社内初のスマホユーザーになるとは・・・解らないことイッパイ・・・誰かに聞きたい・・(涙)

それでも、使い始めて3週間。
触っているうちにその便利さには感動を覚え、解らないながらも快適なスマホライフを送っています。
電池消費量の早さを除けば大満足。早くも依存しかけている自分がいます。

これからは、スマートフォンだと思います!!
災害時にも、とっても役に立つと思います!!
帰宅難民になっても、ナビが目的地まで導いてくれます!!

もちろん、仕事上でのご提案の幅も広がります!!

早く会社でもスマホ談義で盛り上がれる日が来ますように。

写真:XperiaTM arc SO-01Cで撮影。
美しく逞しい日本の花。

考学舎スタッフブログ・須藤ブログ

執筆者: 須藤 三千代
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